■100回聴くと言うこと。

つい先日、僕のセミナーに来てくれたあるファンの方(Dさん)が、
こう言いました。

「中山さんのぶれない生き方のDVD、音声だけをCDにして、
移動のクルマの中で、多分100回くらいは聴いてます!
と。

彼は続けて言います。

「これだけ聴いてると、何か物事を考えるときにも、
中山さんの声で考えている自分がいます。
何よりもよかったのは、何か悩んだときに、
”中山さんならどう考えるだろう?”
と言う思考が出来るようになった事。
これが出来るようになって、格段に判断ミスがなくなりました!」

これ、僕にとって何よりも嬉しい事です。

僕は以前、読書術のセミナーでこう言っています。

「気に入った本は著者の思想、思考が乗り移るまで繰り返して読みなさい!」
と。

まさに、Dさんはそれを実践し、役立ててくれている。

僕のような仕事をしている人間にとって、これ以上の喜びはありません。

僕が正しいと偉そうに言い切るつもりはありませんが、人には、

”自分の弱い部分を埋めてくれる存在”

が必要です。

自分の知識、自分の能力の範囲内だけで考えても早晩行き詰まります。

そうした時、

”あ、こんな考え方もあったのか?
こんな方向もあり得るんだ!”

と、足下を照らしてくれる存在は実に大事です。

要はセカンドオポニオンですね。

僕には、ほんの数人、このセカンドオピニオンを与えてくれる仲間がいます。

彼らと時々過ごす、飲んだり食べたりしながら意見交換をする時間は、

”何物にも代えがたい、まさに至福の時間”
です。

もちろんキツイ面もありますよ。

彼らはある意味、容赦ないですからね。

でも、その容赦無さを、冷静に、客観的に受け止める時こそ、
僕自身が進歩する。

そういう事だと思っています。

変化にはある種の痛みが伴います。

そういう、キツイ部分を避けてばかりいては、耐性がつきません。

楽な方、楽な方ばかりを指向する癖が付いてしまいます。

そんな”楽指向”にばかり浸っていると、まず、
そこから抜け出すことは出来ません。

そうならないためにも、何か一つ、
”自らの弱い部分”
を補完してくれる指針、
キツイけれども逃げてはいけない扉を持ちたいものだと思います。