■ひとつずつ、言葉を積み重ねる行為。

朝からなんですが、ちょっとエッチなお話しを。

例えば男が女を好きになる。

で、なんとかしてエッチに持ち込みたい場合・・・

「お前とヤリたいんだ!」

と言えば、女性の側は、おそらくですが・・・

「ヤリたいだけなのね?女なら誰でもいいのね?」

と思うんじゃないか?と言う気がします。

が、そこで、

「お前を抱きたいんだ!」

と言えば、

「あ、私じゃなきゃダメなんだ!」

と感じてくれるのでは無いか?

そう思うわけです。

たった一言が、たったひとつの言葉が、大きな分岐点になる。

そういうことです。

仕事の上下関係で言えば・・・

「お前を信用している!」

と言われても、かつての僕は、決して嬉しくはありませんでした。

人としての信用は得ていても、仕事人としての”信頼”は勝ち得ていない。

人間としてはオーケーだけど、ミスをしそうな危なっかしさがある。

そんなニュアンスが感じられるわけです。

が、「信頼してるよ!」と言われると、これはもう嬉しい。

人として、仕事人として、両立している感じがある。

このくらい、本当にこんな感じで、ちょっとした言葉の、単語の使い方が、
ある意味、成否を分かつことがある。

僕はそれを痛感し続けてきました。

一冊の本を書き上げるためには、
最低でも約10万文字前後の文字を駆使するわけですが、
ひとつひとつの言葉に、こうした思いを込めて書いています。

まさに、レンガを積み上げる行為。

ピラミッド造りのような、ある意味果てしない行為だと思います。

これ、実に疲れる行為ですが、絶対に避けては通れない道なんですね。

文章の、言葉の力はスゴいです。